About Us

​ー 会社紹介 ー

イマリパートナーズメンバーはベンチャー企業30社以上の日本事業立上げに従事しています。設立から成長過程においてベンチャーという規模ではありながらも大手企業を顧客としメジャー市場でビジネスを展開してきた事業現場のプロフェッショナルチームです。US市場においての先行事業モデル及び最新技術活用・運用方法のみならず、事業の効率化・自動化に不可欠な技術であるAI、ロボット、アプリケーション、IoT、ビッグデータ、セキュリティーなど知識・経験を持ち合わせております。我々は投資事業者ではありますが、経営、財務、マーケティング、セールス、開発など、様々な事業機能と産業領域経験で匠事業に貢献できると考えています。

​ー チーム紹介 ー

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ジュゼッペ 小林

エクゼクティブパートナー

米ハイテク上場・ベンチャー企業を中心に日本・アジア法人代表として立上げ・事業再生を30社以上で実施。欧米のビジネス文化と日本市場特性のブリッジ役として日本型ビジネスに合致した先進技術導入を事業担当レベルおよび経営層を支援してきた。

 

Teradata, Cloudera, Actian, BroadVision, Actian, Wind River 、CalypsoなどでRDBS,ビッグデータ、機械学習、ビジネス・インテリジェンス、Eコマース、IoT,、金融取引などの事業領域を経験。近年はArcsight、HP Security、Mandiant、FireEye、Symantec、Accenture Securityなどのサイバーセキュリティー事業に従事。

 

また、NextStage Venturesの日本・アジア担当ゼネラルパートナーとしてグローバルベンチャーキャピタルファンドを立ち上げた。 

 

中身は日本人、外見はイタリア人という日伊のハーフということで日本と欧米文化が理解できるように育った。自宅のあるシリコンバレーでの様々な17人脈のお陰で先進技術の進捗とはリアルタイムに接している。

 

University of San Franciscoコンピューターサイエンス学部卒。

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向井 卓

プリンシパル

ビジネスの立ち上げを中心に、変化する環境のもと最先端のITソリューションを広い分野へ提供してきた。

外資系大手ITコンサルティング企業およびITソリューションベンダーにて、ソリューション提案から拡販、事業者と一体となりビジネスの設計から構築・立ち上げなど、コンサルタントやセールス責任者およびCFOの役割を担当しオールラウンドな活動を行なう。

現場重視のアプローチで、クライアントとの双方利益を追求することをモットーとして、ベンチャー企業から上場企業まで事業拡大に携わる。

専門は、セキュリティ領域と製造領域にて、セキュリティインシデント対応や内部情報漏洩対応、上場企業のIT部門の一員としての動きをしながらセキュリティ体制構築支援など実施。PLM・PDMなど、大手自動車会社・大手自動車部品メーカーへ、製品企画開発フェーズにおける、設計・企画情報のコラボレーション運用支援の実績を持つ。

アクセンチュア・HPエンタープライズ・FireEyeなどの外資系企業や日本のベンチャー企業各社を経験。

事業立ち上げに絡むことが多く、スタートアップビジネスの大変さや難しさに、やりがいを感じている。

神奈川県・横浜市出身、理系大学数学科を卒業、水泳・筋トレ・モータースポーツを健康スポーツとして継続。釣りやキャンプ、旅行などアウトドアから、庭いじりや熱帯魚飼育まで、趣味を兼ねて幅広い好奇心と知識をいまだに追い求めている。

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倉田 倫子

プリンシパル

顧客視点のビジネスを自身のテーマとして、マーケティングの観点からのモデル開発、ブランディング構築、マーケットリレーションの開発及び支援をおこなってきた。

 

UNIX、RDB等のソフトウェア製品開発の技術者経験から、リアルタイムOS、Webアプリケーションカスタマイズエンジンのメーカーでのマーケティング業務へと幅をひろげ、MA支援サービス企業の事業モデル変更に携わった。新事業開拓における製品開発、事業企画、研究開発投資戦略をおこなっている。現在注目しているのは、ディープラーニング対応のAIソリューションの実利用。

 

鹿児島県出身で東京在住。元気あふれると言われているが本人は極めて内向的だと思っている。テニス、ダイビング、ゴルフ、乗馬ときて次は何をしようか模索中。

​ー イマリの由来 ー

イマリという名は、日本を代表する陶磁器である伊万里焼に由来します。伊万里焼は400年前から有田に定住していた朝鮮半島の陶工たちが陶器の製法に磨きをかけ、さらに柿右衛門らが色絵磁器を生み出し、有田焼の技術を進化させてきた陶磁器です。1656年からオランダの東インド会社が日本に買い付けにくるようになり、伊万里の港から輸出されるようになったことから伊万里焼と呼ばれるようになりました。伊万里焼は日本初の輸出製品として認識されています。

著名な陶芸家を中心とする陶磁器とは違い、伊万里焼は多数の陶工が作業分担をしながら陶磁器を作り、その流れで完成品を船に積んで輸出をしていました。多数の高価値陶芸品がある中、製造プロセスと流通の仕組みを体系化し、新たな市場を確立していったのです。

我々もこの考えに習い、匠事業が最大限に価値のある企業に成長することの一躍を担うことを目標としています。